創造性の源
創造性の源は、一体なんだろう?価値観やアイデアってどうして人によって差異が現れるのだろう?そんな疑問を投げかけられた時、どう答えますか?
ほとんどの人は、普通、そんな質問を受けるはずもないし・・・。
しばらくの間、結構真剣に考える機会がありました。
先日からオススメしている
「記憶のゆくたて」にちょっとヒントがありました。
記録されていることと記録されていないことがもたらす大きな違い。
人間って、赤ちゃんもしくは体内にいる頃から、ずっと脳へ五感で感じたことを記録している。見たこと聴いたこと、味わったこと、匂い、触れたカンジ・・・全ては、死ぬまで脳に記録されていく。
人間にとって、唯一全て平等なのは「時間」だ。人間は、生きている時間分、脳へ記録を行っている。
家族との出来事、友人とのアソビ、恋人とのデート、言葉や音楽、そのときのシーンを思い出として、心や脳に刻み続ける。そして、結構古い記録を脳から取り出そう(思い出そう)としても、難しいので、記録物(メディア)がある。メディアは、脳の記録を補完する道具だ。紙、木簡、石版、写真、8ミリ、ビデオテープ、フロッピー、CD、DVD、パソコンのハード・・・そしてブログやmixiなどのインターネットサーバ。全部メディアだ。メディアは、存在するだけでは何も起こすことが出来ない。すなわち、忘却に立ち向かう行為をする人間がいて、そして、何かを記録されたメディアを見て、何かしらの記憶がその人の頭の中で再生されてこそ、メディアの意味が出てくる。
そして、そのメディアを作るのが人間。プロが広告を作ったり、映画を作ったり、アマチュアがブログを書こうが、ケータイ小説を書こうが全ては、何らかのメディアに記録する行為だ。そして、人がメディアに何か表現しようとしたり、残そうとしたりする時、その自分の膨大な記録の蓄積の中から、自分が最適と思ったものを再編集してアウトプットする。記録されていないことは、絶対に再現することが出来ないし、再編集のバランスに影響を与えることも不可能。
「記録されていることと記録されていないこと」は、人間の創造性にも大きな影響を与えている!
創造性の源・・・それは、自分の記録の積み重ね。だから、記録をする事は大事にするべきだし、自分のためでもある。そして、ここが一番大事だが、それを見る機会がある人にとっては、その人の創造性に影響を与えるものなのだ・・・。
冒頭の問いに対する答え。合っていますかね?